青碧の魔術師(黄昏の神々)
「れんっっ! あんた、イシスに何かあったらどうするつもりだ?」

「おやおや? お前がいるのに、何か危ない事でもあんのかなっ?」


全く緊張感に欠ける漣に、無視を決め込む事にしたシュリは、イシスを抱えたまま、下降してきた男を凝視する。

そんなシュリの横で、「今度は見事に無視なのね……くすん」父は悲しいよ〜と相変わらずの漣が呟く。

そんなふざけた父が、至極真面目な声で、シュリに言う。


「シュリ。あれはトレントとは訳が違う。意識を保った侭、ハスターに戻れるか? 気にいらんだろうが、解るな?」


漣の声音がすとんと落ちて、シュリの耳に届く。


「仕方が無いんだろうな……不本意極まりないんだがね」


シュリの声音も真剣そのもの。

男から目線を外さず、軽くイシスを揺する。


「イシス、起きろ」


揺すられて、気を失っていたイシスが、呻き声と共に目を開けた。


「シュリさま……私……」

「もう心配無い。助けが遅れて悪かった」

「いいえ。私なら平気です。必ず助け出してくれると、信じていましたから……」


正面を凝視していたシュリがちらりと目線をイシスに落とし、ホッと安堵の息を付く。


「イシス。立てるか?」

「はい。シュリさま、ごめんなさい」

「何故、謝る」

「私がうかつだった為に、シュリさまにご迷惑をおかけしました……」


シュリは、イシスを降ろすと、クシャリと彼女の頭を撫でる。


「その台詞、全て返す。迷惑なんてしてないさ」

「どちらかというと、シュリが迷惑かけてんだよねぇ」


わざとらしいくらいの、漣の大きな溜め息。

イシスは、そこで初めてシュリの隣に、人が居る事に気が付いた。


「……どちらさまでしょう?」


シュリに聞くのが早いと判断したイシスは、小首を傾げてシュリを見た。

「気にするな。いないと思え」


シニカルな笑みを唇の端に湛え、漣を一瞥してイシスの問いに答えるシュリは、相変わらず漣に対して辛辣だった。


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