青碧の魔術師(黄昏の神々)
「もー、酷いなぁ。これでもお前の父親なんだけど……」

「ふん。逸れがどうした。戯れ事は、止めだ。奴が来るぞ」


バシッと言う、何かが弾けた音とともに、大きく太い触手の様なものが、シュリ達の目の前で透明な壁に弾かれた。


「言われなくても承知してるよ。ね、万全」


どことなしか、胸を張って自慢している様に聞こえる漣の声。

触手を弾き返したのは、漣の力だった。

イシスの腰を右腕で引き寄せて、抱き留めていたシュリの腕が、彼女を隣にいた漣に預け渡す。

スマートに行われた二人の動作に、イシスは、仲が悪く思っていた二人の関係が、その実悪くない事に気付いた。

そうこの親子、普段は辛辣に言い合ってはいるが、実の所はそうでも無いのだ。

馬が合うとでも言うか。

気が合うと言うか。




「親父、イシスを頼む。くれぐれも怪我させない様にな」

「りょーかいっ! 心おきなくやっちゃって! 」

「はーー。やっぱり高見の見物な訳ね」


漣の発言に、シュリは深く深く溜め息を付くと、一歩前に踏み出した。


「ロイ。こい」


シュリに言われるまま、ロイが前方に飛び出す。

「おいらは何時でも良いよ。シュリ」

「よし。お互い覚悟を決めるか」


シュリが、男と改めて対峙する。

男がニタリと笑った。


「話し合いは済んだようですね。貴方の事は腕の一本や二本無くても良いと命令が出ています。貴方を追い戻してから、ゆっくりと彼女を頂きましょうか……」


赤い蛇の様な舌が、彼自身の唇をチロリと嘗める。

両肩がダランと垂れ下がり、その先は何本もの触手でうごめいていた。


「外聞もへったくれも無いな。お前。少しは取り繕ったらどうだ?」


嫌なものでも見たように眉を潜めるシュリに、男は平然と言い放つ。


「貴方の連れが壊したのですよ。気に入っていましたのに、この器」

「憐れだな。お前に身体を取られるとは……」


シュリは気付いているのだろうか。

男の身体が、リスノー伯の成れの果てだと言う事を。


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