青碧の魔術師(黄昏の神々)

邪神降臨

シュリは臆する事無く、青年と対峙していた。

ルルイエの魔術書を、右手に開いて持つ。

開いてしまえば、1メートルは有るだろうルルイエを、無造作に片手だけで持つ彼の姿は、書の重さなど、全く感じていない。

そんな何気ない仕草でさえ彼を、人、成らざる者にしている。


そう。


シュリは、遥か昔に人では無くなっていた。


「ひとつ、聞いておこうか」


シュリが、落ち着き払った声音で、ナイアルラトホテップと呼んだ青年に問う。


「何なりと……」


にっこりと微笑む青年の笑顔は、明るい口調とは違い、邪悪だ。

どす黒い微笑みも、シュリには全く通じないのか、彼は淡々と会話を続けた。


「お前達が、こう何度もこちらへ来る真意はなんだ? 本気で俺を連れ戻す、なんて考えて無いだろう? 誰の命だ?」

「ふふっ……言わぬものがな……ではないですか? 予想はついていらっしゃるのでしょう」

「ふ……ん…………」


鼻を鳴らして息を付くシュリの様子で、何かの目的と、誰が、なのか予想がついているのだと思われた。


「アザトースの命令か? それとも、ジュブニグラスに頼まれたのか……まぁ……それもどうでもいい事か。ようは、追い返せばいいわけだからな」

「そう上手く行きますかね……」

「自信過剰も大概にした方が良いと思うがね」

「そちらこそ……私を甘く見ないで貰いたい」


何が戦いの合図だったのか。

突然、シュリ目掛けてナイアルラトホテップの腕だった所から、触手が唸りを上げて、襲い掛かって来た。

咄嗟の反応で、シュリの風が触手を跳ね返す。

一歩も動かず、何の呪文も口にしていない。

感情の僅かな動きが、風の壁を、シュリの前に出現させたのだ。

騙し討ちの様な攻撃に、彼は見事に応え、返した。


「おや? 『私』に会うまで待つのではなかったのかな?」

「ははっ……これは失礼。いけませんねぇ……気がせいて、思わずフライングしてしまいました」


顔色一つ変えずに、口元だけで笑んだシュリが、


「なら、始めようか。ぐずぐずしても仕方が無いしな」


と、冷たい声音で言い放った。
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