覆水

 彼と佐藤と舞花は、急激に仲良くなった。
 中学生特有の、思春期に発生する男女の壁は、彼等に取って、何の気にもならないようである。
 全ては、佐藤の持ち前の明るさと、舞花が、彼の絵に酷く興味を持った事に起因していた。
 舞花は、事ある毎に「絵を見せて」と言うので、彼はその度に見せてやり、横で「僕も見せてよ」と言う佐藤の声には、冗談で「いやだ」と言う。
 その奇妙で、不思議な関係。それは、三人揃って近所にある公立の高校に入学してからも続き、気付けば、来年で卒業。月日は、ただ前に進んでいた。
 彼等の成長も目覚ましかった。佐藤は、高校では絶世の美少年と謳われ、毎日ロッカーには恋文の嵐、ファンクラブまで密かに結成されているようで、「何だか、この頃、みんなお手紙くれる。何で?」と、会っては彼にぼやいた。しかし、舌っ足らずな口調は変わりなく、声も少し低くなっただけ。
 舞花も、慎ましい、可憐な美少女に変貌しており、化粧をしない為か派手さは無いものの、一部では「可愛いが影がある。何時も外を寂しそうに見てる。あのアンニュイさがたまらないね」と言われ、「おい。どっちが付き合って居るんだ」と、彼と佐藤は、あまり目立たぬ友人達に責められているのである。しかし、やはり例の髪型は変わらず、初めて会った人間は、一様にその髪型を眺めた。
 彼は彼で、容姿は人並みであったが、絵の方はめきめきと頭角を表し、コンテストでは入選者の常連となっていて、「推薦でうちの大学に来てくれないか」と度々遠方の大学関係者からラブコールを受けており、「あいつらほんとに分かってんのかな?」と言っては、佐藤と舞花を笑わせる。
 その日も、彼等は三人で高校から帰り、「今日は舞花の部屋な」と言う彼の言葉に、「うん」と舞花は頷き、「じゃあお菓子買ってく?」という佐藤の無邪気な言葉に、「食い意地張ってるな」「そうよそうよ」と連携プレーを浴びせ、笑いながら、六階の舞花の家に向かったのであった。
「ただいまあ!」
「「お邪魔しまーす」」
 最早、勝手知ったる舞花の家である。三人が家で遊ぶ時は、ローテーションを組んで、均等にお邪魔するようにしていた。
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