Ghost
一度イスに座ってスプーンに手をかけてみたが、ラップを外す気にはなれなかった。
昨日の晩から何も食べていない。
お腹がすいているはずなのに、そんな気分ではなかった。
当然といえば当然かもしれない。
昨晩人が散る様を見てしまったのだから。

出来るだけ避けるように閉まっていた情景が一瞬浮かび上がって、喉の奥が熱くなった。
やばい、そう思った瞬間には遅く。
胃の底からこみ上げてくるものを耐え切れず口を覆った。
乱暴にイスを蹴飛ばして流し台に駆け寄り、えずく。
まるで不快感を押し流そうとしているかのように、消化しきった体内から吐き出される物体はない。

しばらくその場から動けずにいた。
蛇口をひねり、流れる水をただ眺めながら。

見たくなかった。
思い出したくもない。
歪んだ世界には、暖かいものなんてひとつもない。

視界も。
情景も。
愛情も。
事実も。

全てが冷たい。
全てが歪んでる。

だけど一番歪んでいるのは、視界じゃない。
自分の心が歪んでいるんだ。

ほんの少しでもある可能性を信じることも、賭けられるほどの度胸もない。
むしろその可能性に悲観することしかできない。
きっと普通なら、そんな自分がほとほと嫌になるに違いない。
だけど自分はそうではなかった。

そんな自分も、仕方がない。
可能性が低いのも、仕方がない。
嫌気がさすことばかりなのに、心の中では苦痛を訴えるのに。

仕方がない。
そんな風にしか思えない。

一度硬く目を閉じて、息をする。
オムライスを冷蔵庫に収めると手紙と封筒を鷲掴んだ。
そのまま、誰も居ない部屋に背を向けて自分の部屋へと足をむける。
階段を上る頃には、自分の心の中はひどく冷静だった。
仕方がない、その気持ちは無敵だったから。
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