ひまわり
「だから……覚えてないの
名前も顔も……
全部忘れてきちゃったの
私、急ぎすぎたのね?」
だからなんだ…
自分の名前さえ、忘れてしまう。
地上に全部置いてきちゃった。
女の人の人生は初めから終わりまで
病気と闘っていたんだ…。
そう思うと、自分が健全であることが
とても素晴らしいことのように思えてきた。
世の中にはこの人のように
体が弱くて死んでしまう人、
普通の生活がしたくてもできない人、
まだいっぱいいると思う
健全なあたしがわがまま言っちゃ
ダメだよね?
これくらいのこと、
我慢しなきゃダメだよね?
女の人を見てそう思えた。
すると…
「汐莉、この間の写真持ってる?」
女の人の声に反応して
この間貰った写真を取り出した。
「これが汐莉ね?」
小さい頃のあたしを指差して言う。
「大きくなったわね…」
まるで母親のような口調で
あたしに言う。
でも、不思議と変な感じはしない。
この人が最初からあたしの
“お母さん”
だったかのような雰囲気がしていた。
「今、高校生だっけ?」
質問にコクンと頷く。
あたしはホヤホヤの高校1年生。
まだまだ子供のまま。
「どこ?」
きっとどこの高校なのか
訊きたいのだろう。
あたしは迷わずに朝日ヶ丘、と答えた。
「…そう」
言い終えた時の寂しそうな表情が
あたしの心に陰を落とす。
そんな顔しないで……?
笑って何か言って……?
「楽しい…?」
「すっごく楽しいよ」
あたしが明るく言うと、
小さく微笑んだ。
「それならいいわ」
不思議な笑顔でそう言って下を向いた。
.