パラドーム
プロローグ
 ――何時の頃からだろう。全ての世界が僕を置いて進み始めたのは――



 この感情を持ち抱くようになったのは、十六歳の誕生日になる前の、夏の事。
 漠然とした観念と言えば、やはりそこまでの事であろうが、彼は、日増しにその感情を持ち抱くようになっていた。
 兆候……。 
 それは、彼が持っていた病にも起因するのだが、なるだけ、彼は気にしない事に努める。恐怖が無い訳では無かった。目を背けただけのことであった。



 然し、大抵に於いて、放っておけば、ものは腐るもの。
 泥濘は、彼の足を着実に捉え始めていた。気付いた時には、彼は胸まで浸かりきっていたのだ。
 彼は焦る。彼は戸惑う。そして、其処から這い出たいと願う。細々とであった。守りを余儀なくされた彼の事。
 実に脆弱な虚栄であった。然し、彼には気付くはずも無く、只、彼はそれを守る。守り抜こうとする。
 そして、それはただただ張り詰めた、糸のようでもあった――。



 ……何故。十八歳の誕生日を実家で迎えた彼は、遂に守りたかった何かが消失してしまったことに気付く。
 周りを見渡してみる。やはり、何処から見ても駅のホーム。彼の左手には、ジュース二本分より安い片道のチケット。
 ……僕は、これから何処に行くのだろうか? 冷静に思う自分が居る。隣では、二律背反するように、先程から警笛が鳴り続けている。

 ――うん。此処にいては、駄目なんだ――

 列車が出発を告げるベルを鳴らした。彼は静かにそれに乗る。
 そして、彼の何かを取り戻す旅が、二つの鐘で以て幕を開けたのだ。
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