パラドーム
 ★ ★ ★
 夢その三
「やっとちゃんと話せそうだね」
 どこかで聞いた声に、僕は目を覚ます。
「いや、いまいち意味は分からないよ」
 僕は、眼前の何かに答える。周りを見渡せば、ただ闇が広がっており、辛うじて何かを認識する。
「いや、話せる筈だよ。君は、確かにそのフレーズを聞いた筈だ。に、げ、る。今度はちゃんと聞こえるだろ。君は、いっつも耳を貸さないんだから。逃げっぱなしの人生。そんなんでよく嫌気が差さないものさ」
「逃げる? だから、何だって云うんだ? 僕は何からも逃げてなんかいないよ?」
 そうだ。一体何を言っているんだ、コイツは。
「くっくっく」、聞こえる笑い声。
「おいおい、正気で言っているのかい? 君ほど現実から逃げている人間もいやしないだろう。まあ、いい。じゃあ、例えば、何で君はこの街にいるんだい?」
「この街?」、僕は訊いた。
「ああ、この街さ。何でこの街に居るか訊いているんだよ。君は、何もかもを裏切りすぎているよ。親は、泣いているぜ。考えたことはあるのかい? 無いだろうね」
 気付けば僕は椅子に座っている。
「何で親が泣かなくちゃいけない? きっと何とも思っちゃいないよ。何て云ったって、結局は世間体さ。居なくなってきっと清々しているはずだよ。それより、僕はやることがあるんだ」
「何かを取り戻す、だっけ?」
「ああ、そうさ。それを見つけなくちゃならないんだ。絶対にね」
「友達を捨ててまで?」
 友達? 何を言ってるんだ。何かが続ける。
「仲の良かった親友二人の事だよ。去年の八月まで連んでいた君の仲間。何で裏切らなければいけないんだい? 何かを取り戻すなんて言った側から、君は何かを捨てていってる」
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