パラドーム
「また、帰ってくる? ガク無しじゃ、私死んじゃうよ。誰も居ないんだもん。お母さんの思いは分かったけど、だって、だって……」
「断言は出来ない」、彼は言った。
「何ひとつ確かなものなんて無いんだ。この通り、僕は駄目な人間だし、もしかしたら、会わない方が良いのかも知れない。タマの事は好きだけれど、好きだからこそ、こんな僕じゃ……」
 真のネガティブは、全ての至福、単純な幸せを奪い去っていく。
 ただ、紛れもなくこれが彼の本心であった。虚栄も虚勢もへったくれも無い、至純の思いである。
「ガク、そんな事言わないで。ガクは優しいじゃない。それだけじゃ駄目なの? 私、別に何も求めてる訳じゃないもん」
 尚も縋る彼女。セミロングの細い黒髪が、ゆらゆらと舞う。
 彼は、彼女を離すと、本当にこの世から消えてしまいたい衝動に駆られた。
 ……僕が優しい? 何処がだ。友達も裏切り、親は泣いている。この二律背反は何だろうか。どちらかが偽りなんだろうか? なら、自分とは、一体? いや……。
「うう。僕は、……行くよ。今は、もう駄目なんだ。救う神なんていや……。ははっ。本当に甘ったれだね、僕は。救われないよ。こんな時にまで、すがってるんだから」
 彼は、そのまま、立ち去ろうとする。
 彼女が、「待って! ガク!」、と悲鳴にも似た声で叫んだ、その時。
 春風。
 ビルの谷間から、一陣の強い、例の暴風が桜公園を襲った。
 真っ正面から風を受け、たまらず後ろを向いたその瞬間、彼は、確かに見た。
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