パラドーム
 桜吹雪。そして、その一群が向かった先は、一点。
 彼女の小さな肢体であった。
 舞い狂う花びら。そのひとつひとつが、満遍なく彼女の黒を桜色に変えていく。
 彼の瞳に映るは、紛れもなく、荘厳甘美な桜のドレス……。
 彼は、共に過ごした七ヶ月に、見えていなかった欠片が存在していたことを知る。
 平凡な日々。
 しかし、いつも隣に息づいていた、何かの存在に気付く。
 ……あの秋に、城山で何があった?
 ……あの冬に、駐車場で何を思った?
 ――そして、春の今、自分が感じたのは――
 彼は、当に枯渇していた筈の涙を瞳に溜めるのだ。
 僥倖か。奇跡か。お告げか。
 ただ、純然に神を見たのだ。不確かなる何かが重なり合い、確かなる何かが、眼前に目に見える形で具現化していた。
 遂に溢れる。
 ……ああ、神様。それが本当ならば。
 彼は、ただ絡み付く花びらに圧倒されている彼女に近付くと、脱力した身体で、出来うる限りの力で。
 そして、震えた唇で、「なつ」、彼は言った。
「夏までに、君を迎えに行く。そして、きっと永遠に離れや……しない。もう決まってるんだ。そう決められてたんだよ、タマ。もう少しで僕は、本当の馬鹿になるところだった。ごめん、とは言えないけど」
「え……」
 彼は、少し離れ、彼女と瞳を合わせる。そして、もう一度言う。「決められてるんだ」、と。
「一緒?」
「うん」
「ほんと? ずっと一緒?」
「……間違いない。ずっと教えてくれてたんだ。僕はもう逃げない。親からも。友達からも。そして、君からも」
 彼女は、目を真ん丸にした。それはもうありのままに。だが、「……うん! 分かった。決められてるんだね!」、と叫ぶと、涙の乾かないぐしゃぐしゃの顔を綺麗な、本当に綺麗な笑顔に変え、子猫のように彼に飛びついた。
「頑張る。私。待ってる」、彼女は囁く。聞こえないほどの声。
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