パラドーム
「……ねえガク? 家に来る? マンガ喫茶に泊まるなんて、いつまでも続かないわよ?」
「…………?」
 たった今来た三杯目のビールに口を付けようとしていた彼は、ふと出た彼女の発言に、思わず目を見張った。
「私は一人暮らしだし、部屋は1Kだから少し狭いかもだけど寝る分には寝れるし……。ねぇ? そうしなさい?」
 気付けば、先程の悲しげな眼差しとは違い、彼女の瞳は爛々と輝いている。彼は初め、彼女が何を言っているのか分からない。
 しかし、冷静に頭の中で意味を整理したところで、彼は思わず叫ばずには居られなかった。
「だ、駄目ですよそんなの!」
「なんで?」
 間髪を入れず、彼女は問う。
「えーっとその……、それは! ……それはつまり……」
「ガクが男で、私が女だから?」
 その的確な意見に図星を突かれた彼は、忽ちに自分の規模でも縮小したのか、肩をすぼめて小さくなってしまい、最後には俯きそうになった。
 二杯のビールで赤くなりかけていた彼の顔は、今では火が点いたかのように真っ赤に染まっている。
「ねえガク? そんなに深く考えないでもいいよ? 確かに今日出会ったばかりだし、不安になるのもわかるしね。けれど、ここはこのお姉様! に任せてみない? 悪いようにはしないし……」
 ……何か話の論点がズレているような気がする。
 彼はそう思ったが、もはや目の前の彼女はあれをこうして等と呟きながら、脳内の自分の部屋と格闘しているようである。
 彼は反論しようと彼女の現実に帰ってくるタイミングを伺っていたが、そのうちにそれも諦めた。粘りなど彼の辞書には存在しない。
 彼は少し首を振って「うーん」と呟くと、目の前のビールを少し振ってそれを喉の奥に流し込んでいった。三杯目にして、もう腹がキツいのだ。唐揚げ定食は失敗である。
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