パラドーム
彼等は随分長い間、抱き合いながら話をしていた。
彼女も、やっと少しは落ち着いたのだろう、今は暗い話題等一切せず時折は下らない冗談を言い合ったりするまで回復している。
彼はいつ離れようかとタイミングを伺っていたが、中々それはやってこない。彼女は彼にピッタリくっついていて離れようとはしなかった。
この間には虫すら通る事も出来ないだろうと彼は思った。
しかし、何時までもこうしている訳にはいかない。
彼は遂に決心をし、彼女に言う。
「……えぇーっと、散歩でもしない? ほ、ほら! さっきは途中までだったから。あっち側の風景も見てみたいし」、と。
情け無い声色である。
「うーん……、そうだね。あっちも綺麗だよ! それじゃレッツゴー!」
彼女もそう言うと急に立ち上がり、彼の手を引っ張って歩き出す。
……きっと弟ともこうやって歩いていたんだ。彼は、安堵しつつも足早に歩く彼女の後を追った。
〔よーく見てなよ?〕
その時、不意にまたあの声が聞こえた。彼は久し振りに聞いたその声に驚き、周りを見渡してみる。気のせいかとも思ったが、その声はほんの一月前まで彼を苦しめていたそれであった。彼女がこちらを向き、「どうしたの?」、と聞いて来たので、彼は慌てて首を振り、何でもないという意思表示をした。
彼女は「ふーん」、と一言だけ言うと、彼と握っていた手を離し、例の落ち葉投げをし始める。
そんな彼女を見ながら、彼は思っていた。
……何故急に? しかも意味が分からない……。
彼は、久し振りのその声に混乱している。