パラドーム
 彼等は、寒くなりつつある外に出て、彼女の言う本屋に向けて歩き出した。彼は早速買った、――と言っても彼女が買ってくれた。いや、恵んでくれた? ――コートを着ている。茶色がかったツイードのそれは、実に温かい。そして、実にダンディだ、と彼は思っているが、周りの評価はそうとも言い切れない様子。少し背伸びをし過ぎたのかもしれない。
 それに反して、彼女の方はかなり寒そうな代物だった。まあ上の服は重ね着をしているからまだ防寒になっているとは思うが、問題は下のスカート。丈は短く、ストッキングも履いていない。しかも靴下はくるぶしと言う地獄の三重奏(トリオ)。
 彼が「気は確かか?」、と暗澹たる気持ちで尋ねると、彼女は「ファッションは気合いなの! ガクには分からないのよ。前髪ぱっつんなんだからまったく……くすっ」、などと幾分関係のない事まで言われる。
 うん、あんまりだねとばかりに彼が前髪を引きちぎるかのような勢いで目蓋の方まで引っ張っていると、彼女はちらっと彼を見て笑いを増幅させる。
「ねえ、ガク? 大丈夫よ。凄く似合ってるし……。自分に自信をもっ……ぷっ!」
 ……ほらこれだ、フォロー中に笑い出す人が何処に居るんだ? 彼が悲しみを通り越して、不気味な苦笑が出てきそうになっていると、弾圧者はこう続けた。
「あ、ガク? 途中でコンビニに寄るよ? お金下ろして携帯代払わないと」
「……うん。いいよ」
 彼等は例の桜公園――彼が名付けた。名前は別にある――を右手に見据えながら、ゆっくりといつも通る道を歩いていく。
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