パラドーム
「これ?」
 彼は、近くの棚に駆け寄り、缶を取って彼女に見せた。
「うんッ!」
 彼は彼女が放つと同時に車型の缶を開け、目に入った棒状のそれを持って傍に寄る。
「はい。熱計りな? 絶対あると思うけど」
「うん」
 彼がゼリーを取りに行く間に、彼女は前開きの寝巻を開けると、それを脇に挟む。
 ゼリーをスプーンと共に持ってきた彼は、彼女の様子を見、汗で額にへばり付く、彼女の髪を手で分けてやった。
「ほかに何かいる? 寒くない? 暖房点けようか?」
 彼が心痛を隠さず聞くと、彼女は寝たまま首を横に振り、自分の胸元に目をやる。彼にもその豊かな谷間が見えたが、別段気にも留めない。
 ただただ、彼女の安否を第一に見ているのだ。気にする訳も無く。
 彼女の寝巻は何時ものように彼女を纏い、そして彼は、今亡き弟の遺品を身に纏っていた。それは、ピンクか青と、星か月かの違いしかなく、所謂ペアルックの様。
 彼が直も心配そうに見つめていると、不意に機械音が鳴り響いた。
「何度?」
 待ち切れないのだ。
 彼はまだ取ってもいないそれの結果を問う。
「えぇーっと……」
 彼女はもぞもぞしつつ取り出すと、結果を事もなく言った。
「三十八度四分」と。
 彼はそれを聞くと、独断でテーブルに置いてあるエアコンのスイッチを入れた。
 ……暖かくしないと……。
「大丈夫? タマ……」 
 一連の動きをして、そう呟くと、彼女は嘘のつけない性格で放つ。
「うんッ! すごい元気。なんでこんなにあるんだろう? もう一度計ってみようかな?」
「いや、もう大丈夫だよ? ゼリー食べさせてあげるね」
 もう一回計らせたら、今度はちゃんと脇に挟まない。
 彼は彼女のしそうな事を見事なまでの読みで回避し、それを食べさせてあげる事にする。
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