パラドーム
「分かった。じゃあ一緒に行こう。タクシーに電話してくれる?」
「……うん!」
 凄まじいまでの笑みだった。彼女は携帯を枕元に取りに行くと、慣れた手つきでタクシー会社に電話を掛ける。
 ……なんでそこまで……。
 そう考えた所で当たり前の事に気付く。彼女の片割れと父親は、彼女の薬を買いに行く途中で亡くなったのだ。
 ……やれやれ、なんでそんなことを今更気付くんだ? 
 彼は自分の馬鹿さ加減にうんざりしてしまう。撃墜王の事なんか考えている段ではない。
「十分くらいで来れるって!」
 彼は適当にそれに頷くと、キッチンで顔を洗う。
 汗が気持ち悪い。
 これまた服も適当に着替え、クラクションを鳴らすタクシーの存在を確認すると、彼等は家を出た。彼女は、ピンクの寝巻にコートを羽織っただけの出で立ち。
「……までお願いします」
 タクシーに乗り込んだ彼は、運転手に行き先を告げた。タクシーでなら五分も掛からないドラッグストアの名前。先に乗せた彼女を見遣ると、ニコニコして自分を見ている。そして、若干血の褪せた青白い顔で「ありがとう」と言った。
 彼は、自分が巻いてきたマフラーを彼女の首にぐるぐる巻にすると、見慣れた風景を横目に運転手の運転を見遣る。外には、冷たい雨がぱらぱらとそれの視界を遮っていた。
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