パラドーム
 ☆ ☆ ☆
 過去その八
 結局、病院を退院できたのは、運び込まれてから一週間後の事だった。
 彼は、累計で換算すると、三週間も家を離れていたことになる。
 久し振りに帰ってきた我が家に、やっと胸を撫で下ろす彼。母は、毎日のように病院に足しげく通ってくれ、下らない世間話を飽きもせずに。
 そんな母の車で、彼は実家の門を潜ったというわけだ。
 彼は、一階のリビングで帰り道にコンビニエンスストアーに寄って、買ってきていた弁当を食べる。
 彼はそれを頬張りながらやっとの事で、現実に還ってこれたと実感した。
 病院では、胃が壊れていた為に、毎日がお粥。それに慰みといってふりかけを掛けながら食べていた記憶は、出来ることなら今すぐにでも消し去りたい。
 ……あれは牢獄だ。
 彼は思った。
 いや、牢獄より質が悪い。何故なら、出口の開いている牢獄だからだ。何時でも出れる分には出れる。ただ、身体が抑制されているのを嫌でも実感させられてしまう。その膜が、彼を、或いは皆をあの監獄に縛り付けるのだ。まるで、冷風吹雪く、極寒の地にある刑務所が、実務的なそれよりも、その寒さによって囚人を縛り付けるみたいに。
 母がお茶を容れて持って来てくれる。
 それを飲みながら、牢獄という言葉を彼は頭の中にひとつのキーとして叩き入れた。
 彼は弁当を食べ終わると、母に「寝る」と一言残して二階に駆け上がる。
 そして、自分の部屋に入ると、そのままベッドに勢いよく倒れ込んだ。腕組みをして天井を見上げると、あの病院と、厳密にのみ違う青い天井。
 彼は「あーあ」、と口に出して言うと、目を瞑り眠りにつく。深い、深い眠りにつく。
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