最後の春
「おーい泉ちゃん」

土田が裕の目の前で手を振っている。

「その話になるといつもこうなるから気にしなくていい」

何度も見てきた長原は慣れたように土田に教えた。

「ああ、悪い悪い」

裕は土田に謝ると

「好きな人はいたんだけどね。今は正直過去形になってるかもしんない」
「そっか、じゃあ俺達がんばろうぜ」

期待していた答えではなかったようだが土田は裕の肩をポンと叩くと

「そういえば明日の転校生楽しみだな。どんな人なんだろ?」
「確か女って言ってたよな」

あまり興味がないのか長原は雑誌を読んだまま答えた。

「やっぱり可愛かったら俺がんばっちゃうよ」

何を頑張るのかわからないが土田のテンションは高い。

「期待しているよ土田君」
「泉ちゃんも協力してね」

まだ見ぬ転校生に向けて協力を求める土田。裕はただ苦笑いをすることで一杯だった。そのとき、

「その転校生かわいそうだな」

後ろの席から声が聞こえた。驚いた裕たちは声がしたほうに顔を向けるそこには2人の女性が座っていた。一人は矢ヶ崎高校の制服を着ているがもう一人は私服だった。制服を着ている人に裕は見覚えがない。

「なんでかわいそうなの?」

長原が読んでいた雑誌をテーブルに置いた。
私服の女性が裕たちに顔を向ける。面識がない人だった。

「その人たぶん緊張してるよ?それなのに何か可愛かったらがんばっちゃうとか言われてるの可愛そう」

私服の女性が土田の声色の真似をしながら言う。明らかにその真似は土田を小馬鹿にしたような言い方だった。

「男なら可愛い人のために頑張っちゃうでしょ」

土田が言うと

「じゃあ可愛くなかったら?」

私服の女性も言い返す。裕は何がなんだかわからずにいた。いきなり見知らぬ人が話しに割り込んできて友人と口論している。しかも内容がまったく知らない転校生について。何故か裕は「面白い」と思ってしまった。
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