最後の春
前方ではサラリーマンが新聞を立ち読みしている。

「アノって長野美樹の?」

通学のライフワークと化している週間雑誌を読むのをやめて長原が顔を向ける。

「そう、久しぶりに見た。最近は見てなかったけどな」

車が走り去って行く姿をただ見送るしかなかった裕は時折彼女の夢を見た。あの精一杯の笑顔を思い出すだけでも胸が締め付けられる。なぜ、あの時言う事が出来なかったのか残されたのは後悔の二文字しかなかった。

「そういえば、今の時期ぐらいだっけ?懐かしいな」

長原が電車の窓を眺めた。矢ヶ崎線は桜並木を通ることで電車マニアからも有名らしい。シーズンにもなると写真好きで溢れることでニュースになるほどだ。

「ああ、懐かしいよ」

裕は窓についた桜の花びらを眺めて呟いた
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