最後の春
佐藤さんに連れられて裕は再び弥生駅に出た。佐藤さんは歩きだったので裕も自転車を置いて歩くことにした。辺りには雨上がり独特の匂いが立ち込めている。裕は荒んだ気持ちが安らぐような気がしてこの匂いが少し好きだが、服が濡れているのはあんまり好きではない。まぁ自らしたことなのでどうしようもない事なのだが。

「何処に行くんですか?」

前を歩いている佐藤さんに声を掛けた。佐藤さんは裕に振り向いて

「良いところ」

そう一言だけ言うと、どんどん駅の裏路地を歩いて行く佐藤さん。裕はたまに利用するファミレスの店員さんと歩いている状況に裕は少し戸惑いを隠せなかった。今までの自分なら絶対に着いて行こうなどと思わないだろう。それとも、たまたま今日はそんな気分なだけなのかもしれない。

「あった、ここ。」

佐藤さんは立ち止まり裕に言った。

「ここが良いところですか?」
「うん」
「でもここって……」

裕は佐藤さんが連れてきた所を見上げた。そこは、一見何にもない貸しビルらしき建物だった。外からは何があるのか全くわからないビル自体も古くあちこちにひび割れやツタが繁っている。

「良いから良いから」

佐藤さんは中へ入って行く。裕もそれに続いて中へ入って行った。
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