優しい気持ち
鼓動が高鳴る。

「キス・・・してもいい?」

「・・・。」

終にこの瞬間がおとずれた。
そういう行為をするのが仕事ではあるが、もう少し会話をしていたかった。

「嫌か?」

大きな瞳がランプの明かりで青く見える。

「・・・。」

「・・・。」

しばらくその瞳の奥を見つめる。

「タバコ・・・吸う?」

「いいや。」

「お酒は飲む?」

「んー、たまに飲むかな。」

「今日は?」

「飲んどらんよ。」

「・・・。そうだね。臭いしないもん。」

「キス・・・してもいいか?」

「うん、・・・いいよ。」

私はキスというものを知らない。したくもない。あの日のことがあってから。

これまでも客に迫られることは何度もあった。でもそれはキスと言うよりは、全く別の行為。色々なプレイを強要される中で一番受け入れ難い行為だった。

「あの、・・・。」

「ん?」

一瞬顔を横に背ける。

「ううん・・・何でもない。」

「優しくして」、そう言おうとしたが、止めた。私は風俗嬢だ。客の好きなようにやらせてあげればいいのだ。客が満足して、お金を払ってくれればそれでいいのだ。そう言い聞かせた。

それまでの楽しかった会話など頭の中から消え去っており、瞳を閉じて過去のトラウマから体を硬直させる。

≪すぐ終わる・・・。ちょっと我慢すればすぐ終わる。≫

瞳をめいっぱい閉じ、そう言い聞かせた。何度も、何度も。呪文のように。
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