優しい気持ち
次の日、私は待ち合わせのJR盛岡駅前に三十分早く着いた。雨の心配も全くないくらい、空は晴れている。

今日は花火大会、普段は考えられないような程、人が溢れている。私は半分わくわくしながら、半分緊張しながら待っていた。何度も鏡で顔をチェックしながら。

すると突然声をかけられた。

「待った?」

彼だ。私は慌てて鏡を手提げの中にしまい、平静を装った。

「いえ。私もさっき着いたばっかりです。」

「そう。じゃあ、行こうか。」

花火が打ち上げられる場所は都南大橋の河川敷。その付近まで三十分程度バスに揺られる。あまり経験のない満員電車でも、非日常なことに心が弾む。

周りには大人のカップルや家族連れ。
私と彼はどんな風に見えるのだろう。体と体がいつになく接近しているこの状況に、私はドラマで見た男と女の関係を妄想していた。

でも、そんな関係になりたいと思っていたわけじゃなかった。

「今日天気よくて良かったですね。」

「そうだね。」

「私降水確率三十パーセントでも雨が降っちゃうんじゃないかって心配で。」

「そう。」

河川敷を歩く人の群れの中、会話をしながら歩を進める。

「大学はどこ受けるか決めたんですか?」

「まだ決めてない。医学の方向に進もう、それだけ決めてる。」

「医学部かぁ。すごいですね!」

「君は将来どうなりたいの?」

「私は・・・。」

誰にも話したことのない自分の思い描いている夢。もちろん親にも親友にも。

「私は歌を唄いたいんです。」

「えっ?歌手?」

「んー、よくわからないですけど・・・。歌手かなぁ・・・。」

「そんなの無理だよ。」

そう言われると思って誰にも話さなかった。それが無理なことなのかが私にはわからない。私が医学の方向に進むことの方が無理だと思う。

でも、世間一般的には、歌手になることよりも医学の道を志すことの方が否定はされない。少し気分を害されたと下を向いていると、特大の花火が夜空を彩った。

「うわぁ!きれい!」

花火大会開始の合図。それと共に周囲からは歓声が湧く。ちょっと前の嫌な気持ちが吹っ飛ぶぐらいの大きさ。私は笑顔でそれを見ていた。

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