マリオネット・ワールド <短>
事件
――某マンションの一室。
女性の刺殺体が発見された。
死体に刺さったままだったそのナイフからは、指紋が検出されていた。
何の変哲もない事件。
誰もが単純な事件だと思っていた。
犯人逮捕は、すぐ目の前のはずだったのだ……
しかし、被害者の周囲のありとあらゆる人物全てを洗っても、
その指紋に合致する人物は、一向に現れなかった。
殺害現場近くの目撃情報や、周囲の防犯カメラ。
警察は総力を尽くし、些細な手がかりをかき集めて、必死に犯人を突き止めた。
そして、思いのほか手間取った捜査の末、やっとのことで上がった女の名前は、有沢知美(アリサワトモミ)。
捜査員は、すぐに彼女のマンションに駆けつけた。
だが――
そこには、息のない有沢知美が、部屋の真ん中で首をぶら下げて揺れていた。
一片の曇りもなく、状況の全ては、犯人が有沢知美ただ一人であることを物語っていた。
そして、犯人死亡で事件解決。
目の前で広がるその事実だけは、疑い得ぬものだった。
しかしながら、ただひとつ……
そこに必ず存在するものが、この単純な事件には欠けていた。
――動機。
有沢知美が殺人を犯すこととなった、確固たる殺人理由が――
いや、それどころか、被害者と加害者の間には、微かな接点さえ、
どれだけ調べを尽くしても、何ひとつ見つけることができなかった。
都会の真ん中で、ごくありふれたような、他愛ない事件。
チッポケなふたつの命の灯火が、
目まぐるしく移り変わる世間の心から消え去るのに、そう時間は掛からなかった。
論理上、完璧な解決を果たした事件は、
倫理上、不明快で大きなシミを残したまま――