時の狭間
第1章
鮮明に見えるのは黒い髪の男性。
まるで親しい人に笑いかけるように、安心しきったほほ笑み。
「くゆる、」
まるでスローモーションのようにゆっくりとした口の動きに続いて、誰かの名前だろうそれが聞こえた。
それ、だれのこと?
問おうと口を開いた私だったけれど、それは叶わなかった。
「・・・!」
声が、出ない。
のどが痛いだとか、そんな変化は微塵もない。
ただ、私の声だけが世界から切り取られてしまったかのように、音として存在しなかった。
「・・・くゆる、」
その人は再度、名前を口に出した。
そこでふと気がつく。
この男性は、どこを見ているのだろう。
表情は確かに笑っているし、きっと私に笑い掛けているのだと思っていたけれど。
よくよく見れば、その人は私の後ろ、もっと遠くを見ているような。
それに声音も、ほほ笑んでいるはずなのに、憂いを感じさせる。
ああ、そうか。
きっとこの人は、”くゆる”を探しているんだ。
「・・・どうして、キミが」
今度はしっかりと困惑と悲しみが混ざった声が、脳をゆさぶった。
かなしい、かなしい、そんな感情が私の中にまで流れ込んでくる。
そんなに大切な人だったの?
そう声に出したかった。
何故だろう。
分からないけれど、目頭が熱くなるのだ。
私はいつの間にこんなにも感情的になったのだろうか。
次から次へと流れる涙を拭うこともしないで、私はその人をただ見ていた。