切なさに似て…
「はいはい」

声と共に、ガチャンッという金属音が廊下に響く。

ドアがほんの少し開き、気味悪く笑う信浩の顔だけ出てきた。

部屋に充満した煙草の匂いと一緒に、信浩がシャワー後にしかつけない香水、ヴィヴィアンのレットイットロックの紅茶っぽい香りが、ひんやりした廊下へ逃げていく。


隙間から強引に体を滑らせた。ブーツを脱ぎ捨てると勝手に、暖房の行き届いた部屋へ上がり込む。

「外寒いよー、マジで。あっ、お邪魔しまーす」

「順番逆だからな?」

「んな細かいこと、気にしなーい」

馬鹿みたいに笑い、窓際の天井に突っ張られた白い棒からハンガーを取り濡れたジャケットをかける。


「もしかして、手ぶら?」

そう信浩に聞かれたのは、手に持っていた鞄を床に置いた時。

「そうだよ、当たり前じゃん」

「はいはい、お前はいつもそうだよな。これっぽっちも期待はしてないつーの」

両手を上げパッと手の平を見せると、信浩は呆れた顔をし、屈み込んで冷蔵庫を開けた。


中から銀色をした缶ビールと、オレンジジュースの瓶を取り出す。

それを見て私はキッチンの水切りからグラスを手にし、伸浩の前に差し出した。

豪快な音を立て注がれたオレンジジュースに、カシスシロップを加えステアリングする手つきは慣れたもので、ノンアルコールのカシスオレンジができあがる。

カシオレのグラスと、信浩の手の中でシュワシュワと炭酸が弾いているそれを合わせ、「お疲れ!」と、私達は声を揃えた。
< 19 / 388 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop