切なさに似て…
揺らめく炎、オイルの焼けた匂い。

目を閉じれば、目の前にタバコを吸う信浩がいる。


最初で最後のキス。

タバコの苦い味がした。

紅茶っぽい香りに搦め捕られて。

柔らかな唇の感触。

生暖かい舌の感触。

痺れるほどの刺激。

力強く触れた体温。

全てが混合しない。


たかがキス。

されどキス。


鍵、手紙、チェーン、ジッポ、香水、幻覚、自由、独り。


信浩が置いて行ったものは、どれもこれも私を縛り付けるものばかり。

がんじがらめにされ、鍵をかけられた蓋を開けることが出来ないままの、箱を奪われた気分。


『…こんなに近くにいるのに。何で…、俺じゃないんだよ…っ』

切なそうな信浩の表情が、瞼の裏に張り付いて消えない。


あれが最後だったんだって、やっと理解できた頭の中。


こんなに近くにいるのに。

何で、私じゃないの?


ずっと言いたかったのは私なのに…。

言わせてくれないのは、信浩なのに。
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