切なさに似て…
制服をクリーニングに出したあと、3日分の着替えを取りにやってきた寂れたボロアパート。

ひっそりとした部屋の中は誰もいないことを教えてくれた。


薄暗がりの部屋の片隅で、耳を澄まし神経を研ぎ澄ます。

手頃な鞄には3日分の着替えだけしか入らない。


早くしなきゃ、いつあの人が帰って来るかわからない。逸る気持ちを抑えつつ、屈み込んで押し入れから引っ張り出した洋服を選定していく。

丸めたり小さく畳んだりして、テキパキと詰め込まれる服の数々。


「アンタ、帰ってたの?」

不意に襖の外から飛ばされた濁ごりを含む女の声に、私の心臓の脈打つ速度が上がった。


声がした方向に首を回すと、いかにもセンスのない大柄のバラ模様のツーピースを着て、口にタバコを咥えたままこちらを鋭い眼光で見下ろしている“オバサン”と、目線が合った。


幾つものピンクのカーラーが適当に巻かれた長いんだかわからない髪の毛。怪しいブルーのアイシャドーが瞼に乗せられて、唇には気味が悪い程に真っ赤に塗られた口紅。

物心がついた時から幾重にも見て来たこの人の出で立ちに、年を重ね幾つになっても嫌悪感しか芽生えてこない。


「ところでさぁ…、今月厳しいんだよね」

深紅の唇が静かに動き、隙間から蒼い煙りがモワモワと漏れ、その姿を一瞬だけ消し去った。


靄が晴れ見せ始めた口がまた動き。

「少しばかり都合つかない?」

タバコのせいなのか酒のせいなのか、そのだみ声が酷く耳障りで私から表情が消えたのが自分でもはっきりとわかる。
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