切なさに似て…
暗がりの中見つけ出した財布から、お札を2枚引き抜き握り締めた。

サッと立ち上がり、いつでも準備万端の手荷物を肩にかけ、一心不乱に襖にもたれ掛かる女の人の前まで歩いて行く。

踏みつけた畳がギシッとしなる様な音が、無音状態の部屋に響く。


さすが、電気もガスも停められているだけあって、冷蔵庫の運転音もしなければ、ストーブが焚きつく音もしない。


時折、外から聞こえてくる車が通り過ぎたエンジン音が、この張り詰めた空間に誰かわからない第三者の存在を示していた。

でなければ、この世にたった2人しか存在していないのではないかという、奇妙な焦燥に駆られて息苦しいことこの上ない。


係わり合いを持ちたくないって言うのに、この広い世界に2人きりなんてそんなこと更々御免だ。


詰め寄った私を見上げ、さっさと寄越せと言わんばかりに手の平を上に見せる。


「今財布にこれしかないから」

そう言い切った私の声は口の中に篭って、自分でもはっきり聞こえなかった。


私の汗ばんだ拳に握られたお札が、オバサンの手の中にパサッと落とされた。

皺くちゃになった万券2枚はゆっくりと、その寄った皺を広げて行く。

渡した2万円に負けず劣らず、オバサンの皺が寄った両手の親指で、完全とまではいかなくとも伸ばされていく2枚のお札。


してやったと勝ち誇ったように口の周りに数本の皺を作ったオバサン。

それを見届け背を翻した時。


「アンタ、いつ荷物片付けんの?早くしてよ。あいつったら最近家に来てくれなくてさぁ…。ただでさえ狭いんだから、邪魔なのよねぇ」

そう言い終えると、カチッと電子ライターが音を立てる。その音がタバコに火を点したんだと教えてくれた。


背中越しに押し寄せて来た紫煙に、噎せ込みそうになった喉の奥をなんとか生唾を飲み落ち着かせた。
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