切なさに似て…
それなりの鉄筋コンクリートのマンションだろうと、帰って来たばかりの部屋は冷え切っていた。

堪らずストーブのスイッチを押し火が点火するまでの間、冷えて強張った体を動かすために、たった今脱ぎ捨てられたスーツのジャケット達を拾い上げる。


黒地にグレーのストライプが入ったスーツを、クローゼットと言えるのか微妙な狭い箱の扉の奥にかけた。


信浩が何の仕事をしているのか詳しく私は知らない。

営業だとは聞いたけれど、何の営業なのかどんな会社に勤めているのかはよくわからない。


興味がないんじゃなくて、私も信浩も仕事の話しはほとんどしないからで、聞かないし、話さない。


帰って来てまで仕事の話しはするもんじゃない。お互い違う職種だっていうのに、喋ったところでちんぷんかんぷんだ。

口に出してしまえば愚痴になりそうだし、それでなくても憂鬱なのに。そんな感じだと思う。


押し付けたり、干渉しない。

当たり障りのない関係。


普段、信浩からは送って来ないメールを、珍しく受け取ったからか単純に嬉しかった。

心の何処かで喜んでいた。

返信しなかったのは、返さなくたってわかってくれるっていう信頼感があったからだ。


滅多に味わえない歓喜は、さっきあの人に出くわして粉々に壊されてしまった。
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