Leliant ~母の名の下に~
顔が、熱かった。
今更になって、心臓が高鳴っている。
未だに、小さな唇の柔らかさと温もりが離れない。
彼女の戸惑ったような表情が、脳裏に焼きついていた。
――愛してる。
――結婚してくれ。
思わず言ってしまったその言葉を、彼女は理解している。そう思った。
出会った日から似たようなこと、同じようなことを何度も言ったが、今度は勝手が違うような気がした。
これまで何度も彼女に口付けたが、初めてだった。彼女から唇を寄せてきたのは。
胸の高鳴りが収まらない。
ただ自分の鼓動を聞いて時間が過ぎた。と、誰かがいきなり彼の肩に手を置く。
驚いて振り返ると父王だった。
「……な、何ですか、ノックもなしに」
「いや、したが」
ファネリッジは、世間話の口調で、
「まだ寝ないのか?」
「寝ます。少し考え事をしていたもので」
「なら、さっさと行け。待たせるものではないぞ」
その意味をゆっくりとジョシアは反芻し、
「ち、父上ッ!?」
裏返った声を出していた。
「変なことを言わないで下さい!」
「何だ? 違うのか?」
「違います!」
「すると……お前たちが同じ船に乗っていた間も、夜の逢引はなかったというのは本当か?」
「当たり前です!」
何を言い出すやらという調子でジョシアが言うと、ファネリッジは暫く考えてから、
「なら、今から行け」
「父上……怒りますよ」
「お前……それで結婚する度胸があるのか?」
「逆です。結婚するまでそういうことはしません」
「そうか……なら結婚しろ。母さんの命日がいいか?」
「……は?」
六日後の命日に戸惑うジョシア。
「あと六日後に結婚式を行うと言っているんだ。分かったな。
式までの日は準備に充てていい。
それから、系図に名前を書かなくてはならん。どうしても名前が分からないなら、何か良い名を贈り名しろ」
「ちょ……冗談……」
彼の話も聞こうともせず、父王は去っていった。
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