Leliant ~母の名の下に~
2、昔話
「なんだ、お前の部屋じゃないのか」
先頭を歩くジョシアが自分の部屋の前を素通りすると、ディオが不満げに呟いた。
「当たり前だ!」
言いつつも隣の部屋だった。
「入るぞ」
ノックし、開ける。
「……ほう。なかなか可愛らしいのを選んできたな」
「……ただいま。淋しかった?」
父親の野次を無視し、彼女の髪を撫でると額に軽く口づけする。
にっこりと微笑む彼女。
確かに美人というよりは可愛いという部類に入るだろう。
間に合わせのドレスにも拘わらず、黒い、やや癖のある長髪が溶け込むように似合っている。青い双眸は無邪気な笑顔とあいまって、見る者を安心させるような雰囲気があった。
「お嬢さん、いきなりこんな所に連れて来られてお困りでしょう。ご自宅はどこですか? 不肖ながら私めが、あなたを故郷へと送り返して差し上げます」
だが、反応はない。
一瞬の沈黙の後、コレニア近辺でよく使われている東方語で言い直す。反応がない。
「……俺も試したんだ。船の中で散々」
一般言語はネタが尽きて、マイナーな民族言語や神聖言語まで使い出したディオに、後ろから言うジョシア。
ディオは暫くしてからふと思いついたように、
「ジョシア、お前、この人の声を聞いたことあるか?」
「……いや、一度も」
「もしかして……耳が聞こえないか声が出せないか、若しくはその両方なんじゃないか?」
「あら、お耳は聞こえてますよ」
ディーネが言う。
「後ろから声をおかけしたら、振り向かれますもの。お声が出ない……それは有り得るかもしれませんけど」
「そうか……生まれつき声が出ないか……奴隷商人に怖い目に遭わされて声が出なくなったか……そんなところか」