僕は彼女の事を二度愛していた
「あの時はつらかったな。」
「ホント、ホントつらかった。」
聞こえてきた会話の中でも、この会話の内容が気になった。
(この声って・・・。)
声の方を向くと、そこには大河内の姿があった。大河内の事を間接的にでも考えていたから、様々な会話の中から、この会話に注意を払う事が出来たのだ。
(何、話しているの?)
「先輩がさ、駅で大声で叫んで練習しろって言ってただろ。舞台度胸がつくからとか言って。」
「言ってた。言ってた。その言葉、真に受けてよく練習したよな。」
(舞台?)
はじめ何を言っているのか、全然わからなかった。しかし、大河内の隣にいる男、その男の顔を見てなんとなく推察する事は出来た。
そこにいた男は、石原だ。社内でも、社外でも評判のイケメンだ。
(石原さんって、確か俳優を目指していたんだよね?学生時代もずっと演劇系のサークルに入ってたって聞いた事がある。と言う事は・・・。)
「そう言えば、そんなムチャクチャな事を言ってた山田先輩、今、何しているか知ってるか?」
石原は楽しそうだ。
「お前、何笑ってんの?なんか良い事でもあった?」
「あったなんてもんじゃないよ。あの人、今、芸能事務所の社長だぜ。で、この間声かけられた訳よ。うちで俳優としてやってみないかって。」
「ホントに?俺には・・・何も連絡ないよ・・・。」
「だって、お前はあんまり駅で練習してなかっただろ。あの人、見てないようで、実は見てるんだよ。」
「そっかぁ。」
絵里香の中で、完全に一本の線が繋がった。大河内の奇行の理由、それがわかれば止める必要もない。
絵里香は、一気にパスタをたいらげた。
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