平安物語=短編集=【完】
とんでもない経験したことのない事ですので、驚いて言葉を失いました。
女房達も離れた所から困惑したように見ていますが、殿方がいらした所に近寄って来るようなはしたない事は出来ません。
私が大臣の愛人だということが分かっていれば、やおら奥に入ってしまうこともできるでしょう。
しかし私の存在はひた隠しにされていますので、女房として対応しなくてはなりません。
「儚くも昼だに待たずしおれなむ
摘まれ愛でらる朝顔の花
(あなたに摘まれて愛でられる朝顔の花は、昼さえ待たずにしおれてしまいます。
私があなたに靡いたら、私も幸せになれずに終わってしまうことでしょうね。)」
聞こえるか聞こえないかの声で、最後の方は消え入るように言うと、頭中将様はにっこりと微笑まれました。
「いつの世も花を愛でるは人の情
移り行き行く憂き世なれども
(この辛い世の中は無常だけれど、花を愛するのはいつの世も人の情でしょう。
このどんどん移り行く世でも、私は心変わりなど致しませんよ。)」
穏やかなお顔で仰る御様子は、こんな色めいたお話ですら風流に感じられます。