平安物語=短編集=【完】
「仮病で東宮様のお召しをお断りしていらっしゃるなら、とんでもないことですよ。」
さり気なくそう仰ったお言葉に、お返事も出来ずただ小さくなっている私を見かねた乳母が近寄って参りました。
「姫様、もうよろしいでしょう?」
と私に言ってから、
「実は、御懐妊の兆候がお見えなのです。
それを姫様がむやみにお恥ずかしがりになって、誰にも言うなと仰いまして。
東宮様もまだご存知ありません。」
と白状してしまいました。
すると父上のお顔色が一気に明るくなって、
「なんとおめでたいことでしょう。
どうしてそんな素晴らしいことをお隠しになったりするのですか。
本当に取り越し苦労でしたよ。
東宮様の御子なのですから、東宮様にお知らせしないのは生意気と思われてしまいます。
今すぐにでも、お手紙を差し上げなさいませ。」
と仰います。
父上は、男御子であることを第一に望んでいらっしゃることでしょう。
姉上がもう、帝の男御子をお産みしていらっしゃいますけれど、私も東宮様の男御子をお産みすれば父上の出世は確実です。
母たる私の身分が低いことなどは、父上の権勢で圧倒してしまうでしょう。
しかし、女御子であったら…
父上は非情なところがおありですから、何か情けないお扱いなどなさらないかと、また新しく不安を抱くのでした。