平安物語=短編集=【完】
ある満月の夜、関係のある女のところに牛車で向かって右大臣邸の前を通ると、微かに琴の音が聴こえてきたのだ。
とても美しい、心洗われるような音だった。
それなりに女から人気のあった私は、この琴の音の主に戯れかけるのも良いという気になった。
無条件に女房だろうと思っていたのだ。
琴の音をたどって行くと、西の対に着いた。
どうやら端近に出て月を眺めながら弾いているらしい。
笛を合わせて合奏しようかとも思ったが、驚いて逃げられても仕方ないし周りに聞き咎められても厄介だ。
どうしようか考えあぐねて、とりあえず優美な音に聴き惚れていた。