平安物語=短編集=【完】
自邸に帰って物思いに耽っていると、例の召使いが声をかけてきた。
「殿!殿!」
「なんだ…うるさい。
静かにしてくれ…。」
宮中からの命令などだとしたら、到底従う気が起きない。
「申し訳ございません。
右大臣家の姫君から、お返事が…」
ハッとして、奪うように受け取った。
上質な水色の紙に、流れるような美しい字が綴られていた。
『これまで沢山の御心の籠もった御手紙を頂きながら一度もお返事を差し上げませんでした御無礼、お許しください。
御気持ちは有り難く存じ上げておりました。
花咲けど実ならぬものもありけるよ
美しけれと人は見しかど
(賞美されても実を付けない花があるように、貴方様の御気持ちを有り難く存じ上げていてもお答えする事は出来ないのですよ。)』