平安物語=短編集=【完】
そんな日々が続いたある冬の日、弟が妙に上機嫌で帰ってきました。
どうしたのだろうと思っていると、
「右大臣様から御手紙をお預かりして来ました。
今夜中にお返事を書いてくださいね。」
と言うのです。
突然の事に驚きましたが、花の無い椿の枝に結わえつけられた御手紙をとりあえず開いてみると、とても上質な紙に、もったいないような美しい字で
『音にのみ聞くもゆかしき
彼方にて咲くなる椿の美しきかな
(噂に聞くにつけても心惹かれて仕方ないのですよ。
遠い地で咲くという椿のように、まだ見ぬ貴女の美しさに。)』
とありました。
このようなものを頂くのは初めてで、尚更右大臣様という雲の上の御方ですから気持ちが舞い上がりそうになるのですが、そこはぐっと冷静を保ちました。
こんな素晴らしい御手紙に返事を書けるような教養のある私ではございませんので、私なんてこの程度ですよという意味を込めて、庭の椿の木から萎れかけた花の枝を手折らせて弟に持たせました。