花火
気にし過ぎているとロクなことは起こらない。なるべく平静を装い、淡々と準備を進めた。だがどこか上の空でいたのだろう、顔の髭を剃っている時に思わず手を滑らせ、軽く顎を切ってしまった。嫌な予感は、あらぬ方へと向かい膨らんでいく。薄く滲む血をタオルで押さえながら携帯電話を手に取り、メールを送った。
『体調はどう?今日はちょっと無理そうかな?』
返事は中々来なかった。苛立ちを抑えるように熱く濃いコーヒーを入れ、タバコに火をつけゆっくりと煙を吸い込んだ。時間はもうすぐ十二時、そろそろ家を出なければ約束の時間には間に合わない。だが、携帯電話は沈黙を決め込んでいる様だった。出かける準備ならばとっくに出来ていた。それでも一向に連絡は来ない。どうすればいいものか、途方に暮れながら本日何度目かも分からない大きな溜息をついた。するとそれが合図になったのか、携帯電話は急にけたたましい和音を部屋中に響かせた。慌てて手元に手繰り寄せ、一つ唾を飲み中身を確認した。
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