こわれた眼鏡とインテリ眼鏡
「そうだ!今からしみ抜きをやってあげるから、店に入って。」

「えー…っと…あの…。」

早夜子は遠慮深そうな目をして戸惑っている。

「なーに遠慮してんのよっ!いいから来なさい。ほら早く」

おネエ口調な男性はつかつかと店の中に入ってしまった。

「あ…行っちゃった…」
早夜子はぼそっとつぶやいた。

こうなってしまったら入らないわけにはいかない。
早夜子はさっきよりもっと遠慮深そうな顔をしながら、おそるおそるゆっくり店のドアを引いた。

「お嬢さん、早くそのブラウス持ってきて」

入ってくるなり、何を言うんだろう。
早夜子は少し不審に思った。

早夜子の表情が少し曇ったのに気がついたおネエ口調な男性は、

「あ…着替えはそっちの部屋でしてきて。私の服だけど、そこに置いてあるからあたしがしみ抜きをしている間に着ててね。」

と、あわてた様子で早夜子に言った。

「え…あの…」

「ほら!しみが落ちなくなっちゃうでしょ!」
早夜子はびっくりして今にも転びそうな足取りでその部屋に向かった。

その着替えはうっすらと香水のような香りがついていた。
その香りは、春の日の光に暖められたような、やさしい香りだった。


この人はどこまで女っぽいのだろう。


着替えを済ませて部屋を出る。
男性用のカッターシャツだったので、当然早夜子には大きすぎた。

早夜子はゆっくりとおネエ口調な男性に近づくと、黙ってブラウスを差し出した。

「ありがと。…あら…着替え、やっぱり大きすぎたわねぇ…ごめんね、すぐ終わらせるから。」

「い…いえ…本当に小さいしみなのに…どうもありがとうございます。」

早夜子は少し頬を赤らめて、小さな声でささやいた。

「どういたしまして。やーっとちゃんとした言葉をしゃべったわね。」

おネエ口調な男性は、しみ抜きをしながら微笑む。

「あはは…」

早夜子も目を横にやりながら笑う。

「あたしって困ってる人を見ると放っておけなくて。お節介かもしれないけど、仕上がるまでそこに座ってゆっくりしててね。」

「はい…ありがとうございます。」

早夜子は椅子に座る。その椅子は何年も使い続けたのか塗装が落ちかけていた。
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