薔薇の欠片
合っていたんだ。
「だって、僕のことを軽蔑していたらすぐに逃げるはずでしょう?」
彼女は、ふんわりと笑った。
僕には作れない、笑顔。
“吸血鬼”として生まれてから、心の底から笑ったことなんて無い。
大抵の吸血鬼は無表情だ。
だけど、例外もあって。
『俺、彼女が好きだから』
……例外も。
彼女の手を握って街のほうへ歩いていくと、ぽつりぽつりと雨が降りはじめた。
女を殺すために持ってきた傘。
そのはずだったのに、僕は傘を広げて彼女と僕が入るようにした。
「雨の日って、憂さんは出歩かないでしょう?」
はい、と彼女は頷く。
彼女にとっては、普段知っている街とは少し違って見えたのだろう。
「だけど、たまにはいいでしょう?」
彼女の瞳に街の明かりが映る。
たったこれだけのことなのに。