美香
「だから喜美恵ちゃん、歌手なんて辞めちゃってずっとここで働いてよ。
ここならあと三キロでいいんだけどな」
「ちょっと翔太さんそれどういう意味?」
 
 そこで入り口のドアがスッと開き、冷たい空気が入り込む。
「いらっしゃいませ」
 翔太の笑顔が営業用の真剣なそれに変わり、
喜美恵は慌てて指先に息を吹きかける。
 コートを預かって戻ってきたケンの、
「美香さん、お願いします」
という声に、美香は重い腰を上げる。
 
< 12 / 30 >

この作品をシェア

pagetop