いわし雲のように【SS集】
くそっ! なんだってこんなことになっちまったんだ!!
本たいから分断されて早幾日。
挙げ句こんな極寒の地に閉じ込められて身体の感覚なんてありはしない。こうやって意識があることは幸いなのか不幸なのか。
視界は無数の霜(しも)に遮られて辺りがどうなっているかなんて……少なくとも生物の動く気配は、ない。
このまま俺はここで凍り漬けにされ、誰からも忘れ去られてしまうのだろうか。
母国のジェシーの顔がふとよぎる。
彼女は今どこでどうしているだろうか。
それだけが気がかりだ。
と、そのときだった。
突然何かに足下の空間ごと引っ張られたかと思うと、俺は何やら強大な力によって持ち上げられた。
と、同時に俺は自らの末路を予見し、身を強張らせた。
だがそれはようやくあの暗く冷たい場所から解き放たれ、己が本分をまっとう出来るかもしれないというチャンスに対する微かな期待も胸の内に抱かせる。
そして──
「あら、牛肉がまだ残ってたわねぇ。じゃあ今晩は焼き肉にでもしようかしら」
「でもそいつオーストラリア産だろう? しかも冷凍しちゃってるし」
「そうねぇ、じゃあカレーにでもする?」
「わ~いわ~い晩御飯はカレーだ~」
「そうだな、そうしてくれ」
「うん。じゃ、仕度するからちょっと待っててね~」
「はぁい」
「おぅ」
オージービーフだって十分焼き肉でも美味しいんだぞ──
しかし、その言葉が彼らに届くことはなかった。