いわし雲のように【SS集】
落ちていく。
真っ逆さまに。
あぁこれはきっと夢だ。
間違いない。
なぜなら“落ちている自分が見えている”。
それにしてもあとどれくらい落ちていくのだろうか。
時間の感覚はないけれど、もうずいぶんと落下している。
夢とわかっているのだから起きてしまえばいいのだろうけれど、どうすればそれが出来るのかよくわからない。
落ちていく。
落ちていく。
落ちていく。
自分を見下ろしながら、落ちていく。
地面が見える様子はない。
無限の空間を、無限の時間、落ちていく。
本当にいったいいつまで落ち続ければいいのだろうか。
「そういえば昨日見た空は高かったなぁ……」
夢の中でふと思い出してつぶやく。
と、同時に、手の平に何かがついているのが目に入る。
何だろうか?
赤茶けた砂のようなもの。
どうやらそれは何かの小さな破片のようだった。
さらに自分の手に顔を近付けてみる。
「あ……」
それは“錆び”。
そうか。
そうだったか。
全てを思い出した瞬間、それに気付く。
自分は落ちているのではなく“昇っている”のだということに。
見下ろしているのではなく、見上げているのだということに。
逆さまになっているのは、自分の方だったのだ。
なぜ“そうして”しまったのか、思い出せないし思い出したところでそれはもはや栓のないことという感情しか起こらない。
ただ1つ。
ただ1つだけ気になることがある。
――すっかりと色の落ちたあのフェンスが、もとはどんな色であったのかということだけが。