△の○
一方の母親は、男無しでは生きていけないタイプの女だった。
実際あたしと母親の住んでいたおんぼろアパートでは、男の出入りが絶えることはなかった。

「アヤちゃん、新しいお父さんだよ」

この上なく幸せそうに笑って、母は新しい男ができる度にあたしに引き合わせた。

母は、男さえいれば、それはそれはいい女だった。
料理にも腕を揮ったし、部屋はいつもピカピカ。
朝から化粧もして、美しい女でいようと努力していた。


けれど逆に、男がいなければ、どうしようもない人だった。
母はもともと出来た人間ではないから、ささいな事ですぐに男と喧嘩になった。
連絡がないとか、最近会う回数が減ったとかつまらないことで怒り出すのだ。
さらに男が少しでも自分に冷たくしようものならヒステリックに泣き叫んで訴えた。

「もうあたしを愛してないの!?」

と。

見目だけはいい母親に対して始めの内はにこにこしていた男達も、
母の執着と異常なまでの独占欲に嫌気がさしてはさっさと離れていった。
くだらない男達だとも思ったけど、何よりも母の自業自得だと思った。

愛情も金も貢げるだけ貢がせられて捨てられた母は、薄暗い部屋の中で一日中酒を浴びるように飲んでは泣き崩れ、あるいはこの世の終わりとばかりに取り乱し、自分の元を去った男に対する呪いの言葉を吐いた。
部屋はあっという間にゴミであふれ、化粧も風呂も料理もあたしの事も忘れた母の側で、あたしはじっと耐えていた。

そうして何日かそんな日が続いた後、
母は思い出したように外に飛び出して行き、新しい男を探し始めるのだ。

着飾って出て行く母親のハイヒールの音を聞きながら、

あたしは心の中でつぶやく。



「もうあたしを愛してないの?」








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