△の○

ナオといる時の彼女は、心から安らいでいるように見える。
少し困ったように笑う彼女の癖。
与えらることに慣れていない優しさや愛情を受けて、戸惑いつつも幸せそうに、笑う。
そんな、唯一無二の存在であるナオ。
なのに俺ときたら、横から割って入って二人の時間の邪魔をしている。


ナオがアヤちゃんと出会ったのは、彼女が今にもビルから飛び降りそうになっている時だったという。
まずい、と思ってナオが駆け寄ると、彼女はうっすら笑っていたのだそうだ。
そして彼女に声をかけ、言った。

「俺とあなたは他人だけど、やっぱり死なれたら悲しいよ」

死を目の前にしても笑っていた彼女が、引き止められた途端、泣きそうな顔をしたのだそうだ。


それから、彼女にとって、ナオが、すべてになった。


それも知ってるのに俺は・・・。


腹の真ん中あたりがぐるぐるぐるぐる渦巻いて、気持ち悪くなった。
ふと時計を見ると、もう夜十一時を回っていた。
帰ってから二時間も経っていた。
コチコチと秒針が音を立てる。
またしてもぼんやりするなんて、なんという不甲斐なさ。
ため息がもれた。

自分が選んだことなのに。

誰かを傷つけることは分かってた。

誰かの幸せを奪うことだと分かってた。

それでも、俺はナオを選んだくせに。

苦しんでるなんて、ずるい。


いつの間にか雨が降り出していた。
開けっ放しにしていた窓をしめようと近づくと、
マンションの下の地面に水溜りが出来ているのが見えた。
そこには街灯の明かりが映っていたのだけれど、
雨の滴がその小さな水面を揺らすので、光もゆらゆらして見えた。


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