おみやげ
 
 誰かのすすり泣く声が聴こえた。まるで、誰にも聴こえないようにと、自分にも聴こえないようにと、むせび泣くような声。

 かちゃ、と、ドアが開く音が聞こえた。泣き声の主はびくっと肩を震わせ、息を潜めるようにその身体を硬くした。泣き声はピタリと止み、急激に、周囲に張り詰めたような空気が漂った。
『本当に行かなくていいの?』
 ……それ以上言葉が続くことはなく、言葉の主は十秒ほどの沈黙を残したあと、ぱたんと扉を閉め、遠ざかっていった。

 目の前には、壁があった。

 私は、そっと指先で頬に触れた。
 暖かな水が、指の間を、つうっと伝い落ちる。

 涙

 がばっ!
 という擬音がつきそうな勢いで、私は後ろを振り返った。
 そこには、部屋があった。私にとって、世界で一番何の変哲もない部屋。私の部屋が、そこにあった。
 
 ???????

 私は暫くの間、呆然と魂が抜け落ちたように静止した。まともな思考が頭の中に湧き上がるまで、ゆうに三十秒は経過していた。
< 6 / 15 >

この作品をシェア

pagetop