おみやげ
 正面の机の奥には、四角い形をした、縦長の鏡が置かれていた。
「……誰………」
 誰にともない問い掛けが、勝手に口を突いて出た。鏡の中に映り込むその人物の顔を、私は良く知っていた。当然だ。鏡に映るのは、自分。それ以外にはありえない。ただし、その顔を見るのはいつ以来になるのか、自分でもはっきりと思い出すことはできないでいた。
 幼い頃の、私。
 鏡には、あどけない顔の造りで、怪訝な、とも、なんとも言えない表情をした私が映っていた。
 私は力なく、ぺたんと学習机の前にへたり込んだ。そういえば、最初から何かよくわからない違和感が付き纏っていた。捨てたはずの学習机が出現した、とかそういうはっきりしたことじゃなくて……、そう、私自身の視線が低かったのだ。
自分の手の平を見つめる。小さい。少なくとも、私のよく知っている自分の手ではない。

 何から考えればいいんだ――
 
 途方に暮れる、というのはこういうことを云うのだろうか。考えることがありすぎて、それも、どれも雲の切れ端を掴むような現実感のないことすぎて、ただぽかんと手ぐねあまねいていることしかできない。
 ――そうだ
 一番最初、私に話しかけた人が居た。姿は見ていなくても、その声は聴きなれたものだった。
 母だ。
 母は、なんと言っていただろうか。
 ……行かなくていいの? 
 確か、そんな感じのことだった。
 行かなくていい? どこへ? 私が?
 そんなことを考えていても、いつまで経っても答えは見つかりそうになかった。何せ、私には、今の状況すらも把握できていないのだから。

 そうか

 今は――今は、いつなんだ

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