『サヨナラの向こうにあるもの』
第四章「キス」
ひとしきり騒いだ祭の後のように、少しずつ賑やかさも引きはじめ、
テーブルには7~8人のスタッフを残すだけになった。
ライブの成功を誰よりも喜んでいたのは優二で、
こんなに酔った優二を見るのは初めてだった。
「冬弓さん、良い曲ですよ。僕頑張りますから。」
確かに優二の言う通り 切ないサビが 耳に残る大人の歌は、
何度も繰り返し聞きたくなる魅力あるものだった。
「そろそろお開きにしますか。それともホテルの部屋がいい?」
優二は名残惜しそうに席を立ち、冬弓に向かって言った。
「彼女を送ってから、ホテルに行きますよ。」
繋いだ指がほどけ、私の行き場を失った右手は、冬弓を追う。
こんな出会いは夢のお話。
冬弓の気まぐれに はしゃいでいるだけなのかと、ひとり立ち上がり、ドアへ向かい歩き出した時、回りの目を気にすることもなく、冬弓は私を引き寄せ
「721」
と耳元で言った。
「冬弓さん、怪しいなぁ。やめてくださいよ。彼女はダメですよ」
めまいに似た戸惑いが、冬弓の真実を探りかねている。
私に行き先を委ねるほど 私は確実に支配され、
それが今は、希望でさえあった。
優二は タクシーで私を送り、冬弓の元へと戻って行った。