『サヨナラの向こうにあるもの』
第五章「マリエ」
冬弓の優しい微笑みを浴びながら、時が滑り堕ちて行く。
本当は饒舌で、風雅な趣きの冬弓を、私は永遠に見つめ続けたいと思い、
冬弓もそれに答えてくれそうな繋がりを感じた。
私達はお互いを必要とし、存在を確かめあうことが必然だと感じ、時を越えた。
私は何を話したんだろう。
冬弓の姿を追い、見逃すまいと瞬きさえ惜しみ、冬弓の仕草、声、手のぬくもり、
あらゆるものを私自身に焼き付けようとした。
優二はこのホテルのどこかの部屋で、酔いつぶれているかもしれない。
どんな夢を見て、どんな朝を迎えるのか。
何も変わらない一日を希望とともに歩くのか。
白々と朝が訪れ、私達はもう一度、長いキスをした。
先の事などわからなくても、冬弓と過ごす
今が何より大切だった。
「戻らなくちゃ」
またいつもの日常が待っている場所へ私は向かう。
「名前は?」
「マリエ」
帰り際、冬弓が聞いた。
優二、私はちゃんとわかってるよ。
あなたに愛されている事と、冬弓の優しさがもうすぐ終わる事。
「バイバイ」
ホテルを離れ、人通りのない道にヒールの音が響き、
タップのリズムを刻むように心地よく響き返ってくる。
少し涼しい風を全身に浴び、冷静さを取り戻すために私は歩いた。
私が私であるための条件があるなら、それを確かめるための孤独な道のり。
「マリエ」
誰かが呼んだような気がして立ち止まった。
早朝の風は私の名前を奏で、何かを語りかけ、
問いただしているように聞こえた。
「マリエ」
優二が 立っていた。
「おかえり」
優二が 待っていた。