『サヨナラの向こうにあるもの』
第七章「電話」
あれから優二は、冬弓のプロモーションにいっそう力を入れ、
テレビやラジオから冬弓の歌声を聞く事も珍しくなくなった。
派手ではなかったけれど、根強いファンに後押しされ、
ライブ活動も盛況だった。
相変わらず 優二の電話は毎晩の事だったけれど、
それはあきらかにあの日から 様子を変えていた。
探りを入れる事もなく、ただいつものように その日の出来事を語り合う一時の中に、
少し距離をおいた優二がいた。
あるとき、珍しく優二が会社から電話をかけてきた。
「マリエ、驚かないで。ここに誰がいると思う?」
「えっ…」
一瞬のうちに胸が踊った。
「しばらく。元気だった?」
冬弓の声が身体中を駆け巡り、私をあの日へと引き戻す。
私はライブ会場へ足を運ばなかったし、
冬弓が あの日をきっかけに私を待ってるはずのない事も
ちゃんと知っていたから。
「覚えてますか、わたしの事」
「マリエ。
ライブにおいでよ」
数ヶ月 経った頃だった。
優二は凄いね。
何があっても、平静な態度で、穏やかな笑顔を見せている。
もしかしたら、私は
大きな間違いをしているの?
冬弓との電話は、あの日の夜を思い出させたけれど、
思いの外、それ以上の感情は湧いてこなかった。
そしてその日を境に、優二からの電話は途絶えた。
とうとう私の罪が、形となって、
この身にふりかかってきたの。
だけど、優二 まさか久しぶりの電話で
突然 さよならを告げられるなんて。
「結婚する事になったんだ。」
私の罪がこんなに重い事を 私は知らずにいた。