『サヨナラの向こうにあるもの』
第八章「軽蔑」
優二と知り合ってすぐの頃、
「函館に行ってみない? 僕の故郷。
素敵な街だよ。 マリエに見せたいなぁ」
よく そんな話をしていたっけ。
「プロポーズじゃないよ。 違うけどさ、マリエと行けたらいいなぁ。」
故郷の景色を思い出しながら、懐かしそうに子供の頃の話をした。
四才下の妹がいること。
「マリエと同い年だけど、男の子が二人もいるんだよ」
今は両親だけが住んでいること。
「そうだね。 坂道を歩いてみたいな。」
きっと行こうと約束したまま、それは果たせない夢になってしまうの?
私から優二に電話をかけることはまれで、
一度だけ優二はそれを責めた事がある。
「電話をくれない理由を聞かせて」
「優二がくれるから」
今思えば、その時の私は、優二にとても意地悪で、
優しさの欠片も持ちあわせていなかった。
「恋人でもないのに」
独り言のようにつぶやいていた。
だって、たった二度のキスで私を愛しているなんて、
信じられなかったから。
そんな事を言ってしまった後、
受話器の向こうの優二の声が途切れがちになり、
涙に変わった。
「今日で終わりにする? マリエはその方がいい?」
「何か言ってよ…」
“愛していない”
そう言いかけたけれど、言葉にはならなかった。
むしょうに腹立たしく、私は黙って電話を切った。
だけど優二は、次の日も その次の日も
あの日までずっと電話を欠かさなかった。
優二は、冬弓のもとへ走った私をきっと軽蔑し、
ひとりで苦しみの中から抜け出す方法を見つけ、
本当の幸せに巡りあったのね。
「優二、なんて言ったの? 誰の事を話しているの?」
”嘘だよ“って、“電話しなくてごめん”って言って…
「子供が出来たんだ。マリエ、さよならだよ。」
優二、人が生きて 巡り合い、
愛していると告げる事に私は無知過ぎて、
あなたを失おうとしている。
電話を持つ手の 震えが止まらない。